小説家から学ぶ表現、描写

小説を書くための表現方法を小説家から学ぶ

感情 「怒り」「憤り」

小説の表現、描写
「怒り」「憤り」

クライマーズ・ハイ 横山秀夫
「あんな奴と付き合わんほうがいいぞ」
 追村が低い声で言った。目元で小さな癇癪玉を破裂させている。

 耳に受話器を戻すなり、佐山の強い声が鼓膜を叩いた。


 悠木は荒い息を吐き出し、その拍子に、膝の上で拳を握っていたことに気づいた。

 佐山は答えず、コーラの紙コップを口元に傾けた。デスクに現場は売らない。顔にはそう書いてある。

逆流 田中経一
 勅使河原の奥歯に強い力が加わる。もし、田畑や浅川がいなかったら、腹の底から沸き上がった感情が体の外で破裂していたに違いない。

 苺の手を解くと、勅使河原は怒りをぶつけるようにコンビニの駐車場から大きなタイヤ音をさせて車を急発進させた。前方を睨みつけ肩で息をする。

半落ち 横山秀夫
 噂に違(たが)わぬ保身男だ。言うことも一々神経に障る。死体を担いだこともない余所者(よそもの)のキャリア部長に、刑事課までひっくるめて「ウチ」呼ばわりされるたび、こめかみが疼(うず)く。


 志木は椅子に腰を落とした。怒りの回路がうまく繋がらず、脳がショートしているような気がした。

津軽百年食堂 森沢明夫
 身内を馬鹿にされると、胃のあたりから意味不明な熱の塊のようなものが突き上げてきて、それを抑えるのが大変だった。気づけば僕は、砥石の上にのせていた中華包丁を動かせなくなっていたのだ。呼吸の仕方を忘れてしまって、でも耳の奥の方ではドクドクと血液が流れる音がして、体全体がぎゅっと硬直したみたいになっていた。

ミーコの宝箱 森沢明夫
 私は胸のなかに黒い熱を感じたが、それをそのまま顔を出すほど若くはない。

 噂ーー。
 その単語を耳にした瞬間、わたしの胸の隅っこに嫌な熱が生じた。熱は、ゆっくりと胸から胃へと降りていき、胃のなかでもやもやとした苛立ちに変わった。

 また僕の内側にある黒いマグマが沸騰してしまうのだった。

罪の声 塩田武士
 一つため息をついた後、阿久津は記者室のドアノブを乱暴につかんだ。

償い 矢口敦子
本名? そんなものはもうない。
男が唇を結んだままでいると、刑事の顳顬(こめかみ)にかすかな怒りが浮かんだ。丁寧にあつかう気が失せたらしく、恫喝めいた低音になって、「日高英介だろう。運転免許証にそうあったぞ」

真相 横山秀夫
パソコンの手を止めた陶子の三白眼が尖っていた。弁当に箸もつけられないほどの忙しさだ。

《早急に頼みますよ》
 ーーー何様のつもりだ。
 篠田は切った電話を一睨みして、顧客リストを開いた。

「どつちが大切なんだ、仲人と佳彦と!」
 美津江を怒鳴りつけても仕方なかった。篠田は部屋を飛び出し、音を立てて階段を下った。